生きていたことを残すために

2026年4月18日(土)

仙台の桜も、少しずつ散りはじめました🌸
でも、我が家のまわりはまだ少し寒くて、花びらは枝にしがみついたまま。

それでも、ふわりと離れていく花びらもあって、
空へ舞い上がるものもあり、どこへ行くのやら☁️

森山直太朗さんの曲に「さくら(独唱)」があります。

この曲について、森山さん自身の詳しい意図は私は知りません。
なので、ここから先はあくまで私の感じたことです。

この歌は、卒業式でよく歌われますよね🌸
きっとそういう場面を重ねている人も多いのだと思います。

ただ、歌詞の中に少しだけ引っかかる部分があります。

「いつか生まれ変わる瞬間を信じ
泣くな友よ 惜別の時
飾らないあの笑顔で」

この言葉、ただの門出というよりも、
もっと戻れない別れのようにも聞こえてしまうのです。

たとえば、遠くへ旅立つ人が
残される人へ静かに言い残すような――

そんなふうにも感じられて、少しだけ胸に残ります。

さくらの花びらをひろう

4月1日から「戦没者等の遺族に対する特別弔慰金」の手続きが始まりました。

私はいま、母の代理としてこの手続きをしています。

お金はいらない、などと綺麗ごとを言うつもりはありません。
あの時の国を憎んでいるわけでもありません。

ただひとつ、
伯父が確かに生きていたことを、残したいのです。

母は見てきました。

祖母が、我が子の戦死を「万歳」と喜ばなければならなかったことを。
誰もいない暗い納屋で、声を押し殺して泣いていたことを。

戦争が終わり、兵士が帰ってくると聞けば、
「まさか」と思いながら、何キロも先の駅まで迎えに行ったことを。

そして結局、戻らなかった現実のなかで、
家族やきょうだい、子どもを失った悲しみに暮れていたことを。

私は手続きを進めながら、伯父が亡くなった日を見て、
その時の年齢を重ね、
その一日を想像してしまいます。

この手続きは、私にとって
戦争を問い直す時間になっています。

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